【やはりそこに、宇宙に、人がいないと】元宇宙飛行士インストラクター、元ISS運用管制官 長谷川純一③

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元宇宙飛行士インストラクター、元ISS運用管制官  長谷川純一①

元宇宙飛行士インストラクター、元ISS運用管制官  長谷川純一②

世界のエリートに毅然として教える


冨田ありがとうございます。それでは3回シリーズの最後となる今回は長谷川さんの失敗やそれをどのように乗り越えてきたのかという経験を聞きたいなと思います。長谷川さんがインストラクターしていたときに、大変だったなと思ったことは何ですか? 失敗やその後乗り越えてやり遂げたとか、とにかくめっちゃ大変だったなとか、失敗に終わったけど今考えるといい経験になっているな、そんなことを教えてもらえたらと思います。

長谷川そうですね。やっぱり宇宙飛行士に教えるっていうことに当初はすごく戸惑いがありました。宇宙に行ったこともない20代そこそこの若造が、世界のエリート達に教えるということをしていいのだろうかっていう、そういう悶々した気持ちというものがありましたね。

 でも僕が最初に教えたある宇宙飛行士の人が実際に宇宙ステーションでちょっとミスをしたんですよね。僕が教えたエアロックのやり方で。その人はそれを隠したんですよね。隠したのは地上から見たらすぐにわかるんですけど、そういうのを見たときにやっぱり宇宙飛行士の人も完璧じゃないし、色んな技術とか知識とかは我々よりすごいものがあるけれども、彼らだってミスをするんだから、自分の守備範囲のところをきちんと正確にやらないといけないと思いました。変に自分を下げるというか謙虚にする必要もなくて、プロとしての専門性。エアロックに関しては僕の方が詳しいので。宇宙での振る舞いとかに関してはさっきのオーバーヘッドの話ではないですけど、彼らから学んでいくところもありますが、どんなトップエリートの宇宙飛行士に対しても毅然としてインストラクターである以上、教えていくんだという意識が改めて芽生えました。当たり前なんですけど、そういう意識や覚悟が強く芽生えました。

冨田でも、いい経験ですよね。誰もが同じような環境でできる経験でもありません。

長谷川宇宙での事故って本当に命に関わりますから。そこは毅然としていかないと。

冨田本当に何かミスがあったらすぐ命に、死に関わります。

長谷川特にエアロックはすぐに死に繋がります。

冨田逆に大成功した、とてもやりがいがあった、という点でいうとどんな経験がありますか?

長谷川それはさっき話した、トマ・ぺスケ、ですね。宇宙から声を掛けてもらえることってなかなかないんですが、それがあってものすごく嬉しかったです。トマが実際に宇宙に行ってエアロックの実験をしてるときに、僕が業務的にはそこにいる必要はないんですけど、一応、運用管制室に行って彼がどういうふうにするか見ていたんですよね。そしたらトマ自身は僕がそこにいることはもちろん知らなかったんですけど、実験が終わった後にコールダウンといって連絡をくれるんですけど、「素晴らしい訓練のおかげで、エアロックの操作をなんの問題もなく完了することができました」っていうことを宇宙からコールダウンしてくれて。そのとき僕がいたことはJ-COM(注1)の人が知っていたので、彼がここにいて喜んでいるよっていうのをあげてくれて、そうやって繋がったのはすごく嬉しかったですね。

冨田それは、めちゃくちゃ嬉しいですね。

長谷川あともう1個、宇宙からお言葉をいただいたということがありまして。私が退職するときに、金井宇宙飛行士が宇宙ステーションにいました。退職後無人島でビジネスをやるというのを誰かが伝えてくださっていたみたいで「新しいところで頑張ってください」というお言葉をいただきました。やっぱり宇宙と繋がるとすごく嬉しいですよね。どれだけ宇宙の現場にいても宇宙にいる人とちょっと話すというのは嬉しいです。

冨田人間味のある話ですね。それは言われたら嬉しいですよね。

長谷川純粋に嬉しかったですね。

 

やはりそこに、宇宙に、人がいないと。

冨田最後にお聞きしたいことがあります。さっきのこれからの宇宙ビジネスのところなんですけど、何か物をとるとか、何かこっちに動いて指すっていうことに関しても技術の革新によってできることは変わってくるんじゃないかという話がありました。

 宇宙ビジネスって、地上、低軌道、低軌道以遠みたいな感じで物理的な距離で区分けして表現をされることもありますけど、違う区分けで考えると、通信と素材とロボットという領域で考えられるのではと。そこの革新が起こっていくってことが結果的に新しいビジネスを産んだりとか、宇宙開発で使われたものが地上で活用されたり、地上で使ったものが宇宙に転用できるんじゃないかなと。

 例えば通信だとスペースXやGoogleなどが世界中をインターネットで繋ぐ事業もやっていますよね。この通信・素材・ロボットって観点でいくと、実際に宇宙開発に携われてきて間違いなくここがポイントになるかなっていうものなのか、それともビジネスとしてはちょっと違う切り口もあるんじゃないかなと思うのか、そこはどういうふうに感じていますか?

長谷川そうですね。面白い切り口だと思います。これからも革新があるだろうし、これまでもすごくいろんな革新が起こってきた3つの部分ですよね。例えば、通信も大容量の通信が可能になったから宇宙飛行士とスムーズなやりとりができたり、何かトラブルがあり地上から宇宙に指令を出すときもファイルを送ったりするときもパッと一気に送れるようになったり。素材に関しても、OUTSENSEさんの作ろうとする基地とかもそうですし、今インフレータブルな宇宙船の開発も進んでいて、宇宙ステーションの中でも、ビゲロー・エアロスペース社がNASAとの契約に基づき開発したインフレータブル構造の試験モジュール(BEAM:Bigelow Expandable Activity Module) があって(注2)、実際に実装されています。打ち上げとなると剛体の構造物はその分質量も大きいので打ち上げコストが嵩みます。インフレターブルであれば、質量も体積も小さく、運びやすくなります。あとロボットでいくと面白かったのはロシアが作った宇宙飛行士型ロボットがあるんですけど、大きすぎて使えなかったっていう・・・。さっき話があったように、GITAIさんとか、やっぱりロボットでできることはロボットにお願いする。では宇宙に人間が行く意味って結構聞かれたりもします。ゆくゆくは人類が宇宙に出ていく時代が来るのでそういった時代に向けて、医学的データを集めていくって意味もありますけど、やはりそこに、宇宙に、人がいないと。さっき宇宙飛行士からお言葉をいただいたのもそうですが、本当に遠い世界のような、そこが多分宇宙ステーションが全員ロボットがやってたら、多分誰も興味ないと思うんです。人の温かみというか・・・

 GITAIさんみたいなロボットが宇宙飛行士の作業をいっぱい肩代わりしてくれたら、宇宙飛行士がコミュニケーションをとってくれる時間は増えるわけですもんね。

冨田確かにそうですよね。それは人間も、地上でも一緒ですよね。結局、もっと人間が人間としてやらなきゃいけないことにフォーカスする、ということですよね。

 そう考えると、今までやってきた経験ってすごく大事ですね。今までの宇宙開発の中で手探りの中で手触り感満載でやってきた経験が、これからテクノロジーがさらに進化していくからこそ、すごく活きてくる場面が多いんじゃないかなって思いました。手探りで手触りでやってきたからこそ想定や想像できることが、考えられることがすごくあるんじゃないかなと、長谷川さんの話を聞いて思いました。 3回に渡りありがとうございました。

長谷川ありがとうございました。

 

 

注1: J-COM

国際宇宙ステーション「きぼう」内の宇宙飛行士との交信担当

 https://iss.jaxa.jp/kibo/system/operation/team/

 

注2: BEAM

膨張式の宇宙用住居

https://wired.jp/2016/11/24/nasa-expandable-habitat/